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寛永寺は天台宗の別格大本山のお寺です。
寛永2(1625)年に、徳川幕府の安泰と万民の平安を祈願するため、江戸城の鬼門(東北)にあたる上野の台地に、慈眼大師(じげんだいし)天海(てんかい)大僧正によって建立されました。
後には第四代将軍・德川家綱公の霊廟が造営され、将軍家の菩提寺も兼ねるようになりました。また東叡山主を皇室から迎えた(輪王寺宮)ことで、江戸時代には格式と規模において我が国随一の大寺院となったのです。
しかし幕末の上野戦争により、敷地の大部分が上野公園となりました。
また関東大震災や太平洋戦争の被害もありましたが、戦後は新たに霊園を造営し一般のお檀家さまを受け入れるなど、開かれたお寺としての役割を果たすことを目指しています。
寛永寺は来る創建400周年(2025年)に向けて、上野に刻まれた歴史の重みを今に伝えています。

東叡山(とうえいざん)寛永寺(かんえいじ)
山号は「東の比叡山」の意、寺号は寛永年間に創建されたことによります。
比叡山延暦寺を見立てています。




天台宗
宗祖は伝教大師最澄さまです。


薬師瑠璃光如来(やくしるりこうにょらい)
比叡山延暦寺の根本中堂のご本尊と同じく、伝教大師最澄さまが自ら彫られたと伝えられています。
脇侍の日光菩薩・月光両菩薩は、慈覚大師円仁さまが自ら彫られたと伝えられています。