折々の情報

2017/03/01
寛永寺からのお願い

 「葵の間」「德川将軍霊廟」は特定日のみの公開となっております。ご参拝・ご拝観を希望される方は、当ホームページ内「特別参拝のご案内」をご参照ください。


 また根本中堂は原則毎日開堂(10時~16時)しておりますが、行事等により外からのお参りになることもあります。
 なお、ご朱印・授与品等の受付は事務所でも受付しております。

2017/03/01
3月のおはなし ~サクラ、サク~

 3月に入ると、桜の開花情報をよく耳にいたします。上野の山にもさまざまな種類の桜が数百本あり、一年でもっとも賑わうひとときではないでしょうか。今月はこの「桜」に関するおはなしです。


 寛永寺を創建された天海大僧正は、「見立て」という思想によって上野の山を設計していきました。これは、寛永寺というお寺を新しく創るにあたり、さまざまなお堂を京都周辺にある神社仏閣に見立てたことを意味します。例えば「寛永寺」というお寺の名称は、「寛永」年間に創建されたことからついたのですが、これは「延暦」年間に創建された天台宗総本山の「延暦寺」というお寺を見立てたものです。そのため、寛永寺のご本尊が薬師如来である理由は、延暦寺のご本尊が薬師如来であることを見立てたもの。また「清水観音堂」は京都の「清水寺」に、「不忍池辯天堂」は琵琶湖・竹生島の「宝厳寺」に見立てられるなど、上野の山には思想的な仕掛けが随所にされています。


 こうしたなか、寛永寺は德川家の祈祷寺として創建されたのですが、天海大僧正は德川家のみのお寺ではなく、庶民が広くお参りできる寺を目指しました。そこでお考えになったのは、参拝だけでなく観光の要素でした。なんと天海大僧正は上野の山を桜で有名な奈良の吉野山にも見立て、桜の植樹を行ったのです。この行動は協力者を得て、植樹を始めてから数十年ほどで上野の山は江戸随一のお花見スポットとして知られるようになりました。つまり上野に桜を植え、花見ができるようにしたのは天海大僧正と言って過言ではないのです。


 ところが、江戸時代の花見は現在と大きく異なることがありました。それは「夜桜見物の禁止」です。現在の上野公園では夜でも桜が楽しめますが、江戸時代の寛永寺は午後六時頃に閉門していました。閉門後は当時のガードマンによって退出させられていたのです。


 もっとも、今のように街灯がありませんから、酔っ払って夜桜を見物したら大変なことになるのではないでしょうか。現在も清水観音堂の裏手に残る「秋色桜(しゅうしきざくら)」を詠んだ一句を見てみましょう。


         井戸はたの 桜あぶなし 酒の酔


 桜に夢中になるあまり酔って井戸に落ちたら一大事。お花見のお酒は江戸時代より適量がよいようです。

2017/02/25
行事のお知らせ〈3月〉

 


―― 今月の山内の主な行事は下記の通りとなりますので、ご案内申し上げます ―― 


  


  〈 根 本 中 堂 〉


         ※ 都合により閉堂する場合があります。当日の状況は直接お問い合わせ下さい。
           
ご朱印・授与品等は事務所でも受付しております。(寛永寺事務所 03-3821-4440)





  〈開山堂(両大師)〉


          御縁日法要      3月 3日(金)  10時


  
〈清水観音堂〉



          御縁日法要 
      3月 17日(金)  10時


   〈不忍池辯天堂〉



          御縁日法要      3月  7日(火)  10時



 

2017/02/01
2月のおはなし ~お釈迦さまのお亡くなり~

 215日は、お釈迦さまが亡くなられた「涅槃(ねはん)」の日です。寛永寺では、お釈迦さまをお祀りする釈迦堂(護国院)で法要を行います。


 12月のおはなしの続きです。おさとりを開かれたお釈迦さまは説法をはじめます。ただし勘違いや誤解もあるでしょうから、本当に言いたいことは後回しにして、まずなるべくわかりやすい話から。そろそろ大丈夫だと思ったら次のわかりやすい話を。そのように段階的に説法を続け、お釈迦さまが本当に言いたかった『法華経』は、満を持して晩年に説かれたと天台宗では捉えています。この教えを説き終わった時に、お釈迦さまは自らの死期を悟っていました。

 80歳とされるお釈迦さまの臨終にあたってのエピソードとして、ご自身の葬儀の指示があります。お釈迦さまは事細かに話すのですが、仏弟子たちも素直に従ったわけではありません。ある高名な弟子はお釈迦さまが間もなく亡くなるという現実に耐えきれず、しくしく泣いているのです。結局はお釈迦さまにたしなめられるのですが、十分に修行を積んだお釈迦さまの直弟子であっても、やはり人の死は悲しいということがよくわかります。こうした弟子たちにかけた、お釈迦さまの最期の言葉は次のようなものでした。



「さあ、修行僧たちよ。お前たちに告げよう。もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠けることなく修行を完成させなさい」(『大パリニッバーナ経』)





 お釈迦さまが指示された葬儀の内容は、「世界を支配する帝王と同様」という、極めて大規模なものでした。こうしてお釈迦さまのお骨(仏舎利といいます)は、仏さまを供養するための塔に納められました。この塔を守るのが在家者の役割と考えられ、またその塔が形を変えたものが法要の際に建立する「塔婆」なのです。私たちが塔婆を建てるということは、「お骨を守ること」をまさに実践しているのです。

2017/01/25
行事のお知らせ〈2月〉

 


―― 今月の山内の主な行事は下記の通りとなりますので、ご案内申し上げます ―― 


  


  〈 根 本 中 堂 〉


         ※ 都合により閉堂する場合があります。当日の状況は直接お問い合わせ下さい。
           
ご朱印・授与品等は事務所でも受付しております。(寛永寺事務所 03-3821-4440)


  〈開山堂(両大師)〉


          御縁日法要      2月 3日(金)  10時


          節 分 会      2月 3日(金)  14時



  
〈清水観音堂〉


           秘仏本尊御開帳
          
初 午 法 楽       2月 12
日(日)  10時、14時


          御縁日法要       2月 17日(金)  10時


 


   〈不忍池辯天堂〉


          御縁日法要      2月 11日(土)  10時



   〈釈迦堂(護国院)


          涅 槃 会     2月 15日(水)  10時


 

2017/01/01
1月のおはなし ~天台宗が開かれた日~

 天台宗を開いた人物を述べなさい……このように書き出すと、試験を思い出した方も多いのではないでしょうか。もちろんこの答えは伝教大師(でんぎょうだいし)最澄(さいちょう)さま。遣唐使船に乗って中国に渡り、天台の教えを中国から日本に伝えたことは広く知られています。

 では「天台宗が開かれた日」はいつでしょうか?あまり知られていないのですが、実は126日を天台宗は「開宗記念日」としています。

 今から約1200年前のことです。最澄さまは「天台宗を国に認めてもらいたい」と何度も願い出ていました。当時の「正式な修行僧」は、修行の費用を国からすべて賄ってもらうという制度になっており、東大寺をはじめとする奈良仏教の各宗派にその割り当てがなされていました。つまり、国家予算で僧侶の養成が行われていたのです。最澄さまも天台宗を認めてもらうためには、予算の割り当てをいただきたいと考えました。

 こうして最澄さまは朝廷に願い出るのですが、その際にこれまでの各宗派がダメだから天台宗を認めてほしいという言い方はなさいませんでした。ではどのようにおっしゃったのか、最澄さまのお言葉を見てみましょう。


「網目が1つしかない網では鳥を捕えることが出来ないように、これまでの各宗派だけだと、日本中に仏教を広めるにはカバーしきれません」(『天台法華宗年分縁起』)


 伝教大師が天台宗を開こうとお考えになった根底にあったのは、日本仏教の裾野を広げるために天台宗を認めてほしいといったものでした。つまり他者を批判し排除してしまうと、裾野が広がらなくなってしまうのです。こうして「天台宗に年2人の正式な修行僧を認める」という許可が下りたのが、延暦25806)年126日だったのです。

 年頭にあたり、他者を排除することなく自身の主張をした最澄さまの姿勢に、改めて感じ入りたいものです。


2016/12/26
行事のお知らせ〈1月〉

 本年も残すところわずかとなりました。今年も多くの皆さまにお参り頂きましたことを厚く御礼申し上げます。


 東日本大震災からは5年が過ぎましたが、未だに震災の爪痕を残す被災地では、多くの方が不自由な生活を送られております。当山では引き続き、震災で犠牲となられた諸霊位のご供養と、被災地の復興をご祈念申し上げ、微力ながら復興支援に尽力してゆく所存でございます。

 また、恒例となりました東京国立博物館と提携する根本中堂特別拝観を平成29年も開催いたします。
 お参りの際には、皆さまの日々のご健勝とご多幸をお祈りするだけでなく、震災で犠牲となられた方々のご冥福と、被災地の一日も早い復興をご祈念いただければ幸甚に存じます。

 年明けに先立ちまして、新年の主な山内行事をご案内申し上げます。ぜひご家族お揃いでお参り下さい。






【 除夜の鐘 受付 】


   日  時 : 平成28年12月31日
   場  所 : 時鐘堂 (上野公園内 ※精養軒横 ) 、 根本中堂前 鐘楼堂
   
参加費用 : 3千円 (新年特別祈祷札・破魔矢等の授与代を含む)
           ※ それぞれ午後11時40分頃より法要を行い、午前0時から除夜の鐘を執行致します。
           ※ 申し込み多数の場合、定員にて締め切りとさせていただく場合がございます。
           ※ 本坊(根本中堂)は、当日の夕方に準備の為、一旦閉門とさせていただいております。





 


       今月の山内の主な行事は下記の通りとなりますので、ご案内申し上げます。



   〈 根 本 中 堂 〉


          ※正月中の開堂は法要・同準備の為に下記の通りとなります。


               1月1日(日)・7日(土)   13時~15時
               1月2日(月)・
3日(火)   10時~15時
               1月4日(水)~6日(金)  10時~16時
            
※ 2日~3日は東京国立博物館との連携事業として歴代将軍肖像画(油絵)や
              寛永寺の寺宝
を特別に公開いたします。当日、同博物館の半券を
              ご持参の方には、特別に当山の
御葩(散華)を授与いたします。


                ※ 都合により閉堂する場合があります。当日の状況は直接お問い合わせ下さい。
 
             ご朱印・授与品等は事務所でも受付しております。(寛永寺事務所 03-3821-4440)


 


  〈 開山堂 (両大師)


          新年特別祈祷    1月  1日(日)  0時

          元三会       1月  2日(月)  10時
            ※「比叡山中興の祖」と讃えられる慈恵大師良源への法要です。

          正月 厄月祈祷   1月  3日(火)  10時



 
  〈 清水観音堂 〉


          新年特別祈祷      1月   1日(日)       0時、10時、14時
                      1月   2日(月)~7日(土) 10時、14時

          正月 厄月祈祷     1月 17日(火) 10時


           


   〈 不忍池辯天堂 〉


          弁天供 御祈祷   1月  1(日)   0時、10時、13時
                        1月  2日(月) 10時、13時、
                    1月  3日(火)  10時、13時


          大黒天 護摩祈祷    1月  1(日)  0時、11時、14時
  
                     1月  2日(月) 11時、14時
                    1月  3日(火) 11時、14時


          初巳法楽       1月  6日(金) 10時



  〈 寛永寺霊園 〉
          1月1日
(日)~3日(火) 8時~17時
          1月4日(水)~     9時~17時
        ※ 元日は8時に開門致します。夜間の墓参は安全上固くお断り致します。


  

2016/11/29
今月のおはなし〈12月〉

 128日は、お釈迦さまがおさとりを開いた「成道(じょうどう)」の日です。この日は4月のお誕生(花まつり)・2月の涅槃に入られた日と並び、お釈迦さまをたたえる行事が行われます。

 お釈迦さまは約2500年前のインドの方で、国王の子供として何不自由なく育てられ、実は結婚して子供も授かっています。ところが、ひょんなことから「四苦八苦」を知ったお釈迦さまは、出家して修行に入ります。一般的に29歳であったと言われ、5人の仲間と大変に厳しい修行生活を送られました。しかしどんなに過酷に修行しても、おさとりは開けません。そこで苦行を捨て、菩提樹の下で坐禅を始めるのです。仲間はお釈迦さまが堕落して厳しい修行を辞めたのだと、見捨ててしまいました。

 一人になったお釈迦さまの中に現れたのは、修行を妨げる自身の欲望でした。おさとりが開けなかったのは、自分の心が不安定だったからでした。こうして心の中の戦いに打ち勝っておさとりを開いたのが、128日だったのです。お釈迦さまは35歳になっていました。こうしてお釈迦さまがおさとりを開かれたことで、「仏教」は始まったのです。しかし、お釈迦さまのおさとりの内容は大変に深いものでした。そのため説法することをためらったお釈迦さまは、4週間とも5週間とも言われる期間、ひとりでその楽しみを味わったのです。

 そんな自身で満足されたお釈迦さまに対し、説法を勧めたのは梵天(ぼんてん)と帝釈天(たいしゃくてん)でした。「梵天勧請(ぼんてんかんじょう)」と呼ばれるエピソードを挟み、お釈迦さまはやっと重い腰を浮かせます。こうしてお釈迦さまが最初に説法をしようとしたのは、一緒に修行をしていた5人の仲間でした。お釈迦さまが堕落していると信じている仲間たちは、はじめは口もきかないつもりだったようです。しかしおさとりを開かれたお釈迦さまのただならぬ雰囲気に、5人は自然とお釈迦さまの説法を聞く準備を整えたのです。


 お釈迦さまの教えはさまざまありますが、一つだけご紹介致します。


 「他の識者の非難を受けるような下劣な行いを決してしてはならない。一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ。」(『スッタニパータ』)


 お釈迦さまの成道にあたり、お釈迦さまが育み伝えたかったこととは何か、改めて学び直してゆきたいものです。

2016/11/29
行事のお知らせ〈12月〉

 121日より除夜の鐘の受付を始めます。つい先日まで「来年のことを言うと鬼が笑うよ」などと言っておりましたが、もう師走になってしまったのかと一年の流れの早さを感じます。当山では除夜の鐘を根本中堂前の鐘楼堂と、上野公園内の時鐘堂の二カ所で行っております。お札・破魔矢・暦などを授与しておりますので、新年をぜひ当山でお迎え下さい。



詳しくは寛永寺までお問い合わせ下さい。


電話03-3821-4440



【 除夜の鐘 受付 】


 


   日  時 : 平成28年12月31日
   場  所 : 時鐘堂 (上野公園内 ※精養軒横 ) 、 根本中堂前 鐘楼堂
   受付期間 : 
12月1日 9時~ 

   参加費用 : 3千円
(新年特別祈祷札・破魔矢等の授与代を含む)
           ※ それぞれ午後11時40分頃より法要を行い、午前0時から除夜の鐘を執行致します。
           ※ 申し込み多数の場合、定員にて締め切りとさせていただく場合がございます。
           ※ 本坊(根本中堂)は、当日の夕方に準備の為、一旦閉門とさせていただいております。




 


                    今月の山内の主な行事は下記の通りとなりますので、ご案内申し上げます。


 


  〈 根 本 中 堂 〉


 


      ※行事等の都合により閉堂する場合があります。当日の状況は直接お問い合わせ下さい。
        ご朱印・授与品等は事務所でも受付しております。(寛永寺事務所 03-3821-4440)


 


    
  〈 開山堂 (両大師) 〉


 


           御縁日法要    12月 3日(土)   10時


  
〈 清水観音堂 〉


 


           御縁日法要    12月 17日(土)   10時



   〈 不忍池辯天堂 〉


 


           初巳法楽      12月 1日(木)   10時



 

2016/10/30
行事のお知らせ〈11月〉

 1124日は、私たちの宗派である天台宗を中国で開かれた天台大師(てんだいだいし)智顗(ちぎ)さまのご命日です。天台宗は伝教大師最澄さまが開いたことは広く知られていますが、もともと天台の教えは中国にありました。伝教大師は遣唐使船で中国に渡り、中国で天台の教えを学んだのです。伝教大師は約1200年前の日本の方、天台大師は約1400年前の中国の方です。


 天台大師のエピソードに「霊山同聴(りょうぜんどうちょう)」というものがあります。若き天台大師が修行の際に、どうしても会いたいと願っていた慧思(えし)禅師に初めて会ったときの話です。慧思禅師は大変厳しい修行で知られている方だったので、天台大師はさぞ緊張されたことでしょう。ところが慧思禅師は、初対面にもかかわらず「私とあなたは前世のはるか昔に霊鷲山で、一緒にお釈迦さまから『法華経』を聞いたのだ」と話されました。


 『法華経』は2500年前にインドの霊鷲山でお釈迦様が説いたものです。いくら前世の話だと言っても、まさかあこがれの存在に親しく声をかけていただいた天台大師は、さぞ感激したことでしょう。こうして天台大師のご修行は本格的になり、ついには慧思さまに代わって他のお弟子さんへの講義を行うようになるのです。


 慧思さまの元での修行は8年に及び、天台大師は慧思さまのすすめによって学問的研究が盛んな江南の地方に向かいます。慧思さまは別れに当たって、「あなたがそちらに向かえば必ず人々に利益を与えるだろう」と言ったと伝えられています。


 その後、天台大師によって天台の教えは広く伝えられました。その功績は「中国の若きお釈迦様」などと呼ばれるほどに評価され、また天台の教えを知った伝教大師によって日本に広められました。こうして天台の教えは現在まで脈々とつながっているのです。こうした天台大師の徳を称える法要を、寛永寺では毎年ご命日である1124日に行っています。


 ちなみに慧思さまと別れた後の天台大師が、38歳のときに修行道場を構えたのが「天台山」(中国・浙江省)という山です。私たち天台宗は、この地名を宗派の名称としていただいているのです。

※写真は中国天台宗総本山・天台山国清寺



    今月の山内の主な行事は下記の通りとなりますので、ご案内申し上げます。


 


   〈 根 本 中 堂 〉


 

           天 台 会    11月 24日(木)   10時 (法要中、堂内でのお参りは出来ません)


   
      ※行事等の都合により閉堂する場合があります。当日の状況は直接お問い合わせ下さい。
      ご朱印・授与品等は事務所でも受付しております。(寛永寺事務所 03-3821-4440)


  〈 開山堂(両大師) 〉



           御縁日法要    11月 3日(木)   10時




  
〈 清水観音堂 〉



           御縁日法要    11
月 17日(木)   10時




  
〈 不忍池辯天堂 〉



           登 天 会       11
月  1日(火)   14時


           初巳法楽      11
月  7日(月)   10時


2016/10/01
行事のお知らせ〈10月〉

 1028日は、幕末に寛永寺の住職であった鎮護王院宮(ちんごおういんのみや)様のご命日です。寛永寺では、一山住職全員でご法要を行います。

 江戸時代の寛永寺住職は、第3世の守澄法親王以降、伝統的に皇室から迎えられました。また寛永寺だけでなく、日光山・比叡山の山主をも基本的に兼ねたことから、3つのお山を統括したという意味で「三山管領宮(さんざんかんりょうのみや)」と呼ばれ、その宗教的な権威は絶大なものでした。

 ところが鎮護王院宮様の時代になると、時代はまさに幕末。慶喜公が寛永寺内の葵の間に謹慎され、江戸から明治に変わるという大きな転換点を迎えます。寛永寺は上野戦争で荒廃し、僧侶は上野の山に立ち入ってはならないという不遇の時代を迎えました。また世の中は仏教と神道を分けようという考え方が広がり、皇室からお寺に入られた鎮護王院宮様も、僧侶をやめる(「還俗」といいます)ことになったのです。こうして鎮護王院宮様は「北白川宮(きたしらかわのみや)能久(よしひさ)親王」として皇室に復帰し、僧侶とはまったく別の人生を歩むことになるのです。

 ところで、皇室からお寺に入られるということは、いわゆる「充て職」のようなものだったのでしょうか。これはまったく違います。たとえば鎮護王院宮様の場合は幼少の頃にお寺に入られ、皇族の身分のままお坊さんとしての基礎的な修行を始めています。つまり寛永寺の住職になられたときは、すでに長く修学されていました。また僧侶をやめられた後も、自身しか行うことができない特別な法要を、このままでは誰もできなくなってしまうことを危惧し、僧侶でないにもかかわらず伝えることに腐心しています。

 寛永寺を離れても生涯お寺のことを気にかけて下さった鎮護王院宮様の姿勢は、私たちも大いに見習っていきたいものです。

※鎮護王院宮様の墓所は非公開です




             今月の山内の主な行事は下記の通りとなりますので、ご案内申し上げます。


 

  〈 根 本 中 堂 〉


 


       ※行事等の都合により閉堂する場合があります。当日の状況は直接お問い合わせ下さい。
        ご朱印・授与品等は事務所でも受付しております。(寛永寺事務所 03-3821-4440)


 
  〈 開山堂(両大師) 〉


             開 山 会      10月 2日 ()  10時
           御縁日法要    10月 3日 (月)  10時
           鎮護王院宮様   10月 28日   (金)    10時


  
〈 清水観音堂 〉

            御縁日法要    10月 17日(月)   10時


    〈 不忍池辯天堂 〉


            初巳法楽      10月 2日(日)   11時


 


2016/08/31
行事のお知らせ〈9月〉

 まもなく秋のお彼岸、お彼岸の期間は秋分の日を中心とした7日間(一週間)です。寛永寺では秋分の日(今年は22日)に施餓鬼会法要を執行いたします。当日は大変多くのお参りがあり、お墓地もお供えの花に彩られ、お線香の煙につつまれます。「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったもので、夏から秋への季節の移り変わりを感じる日々ですが、なぜお彼岸にお墓まいりをするのでしょうか。

 この理由は、実は太陽の動きと密接に関係があります。お彼岸の中日である秋分の日は昼夜の長さが一緒であり、太陽は真東から昇って真西に沈むことは広く知られています。こうしたなか、仏教では阿弥陀如来がお住まいになっている「極楽浄土」が西にあると説明します。つまり、真西に沈む夕日の方角に極楽があって、ご先祖さまがそちらにいると考えるのです。

 すると、仏の世界である極楽は、西のどれくらい遠くにあるのでしょうか。阿弥陀如来やご先祖さまがいらっしゃるのですから、西のはるか彼方、とどうしても考えてしまいたくなります。しかし『維摩経』というお経に「私の心が清らかであれば、仏の世界も清い」とあります。私の心と仏の世界が密接につながっていることをお経が証明しているのです。ならば、仏の世界ははるか彼方ではなく、私の心の中とつながっていることになります。その反面、私の心が汚れてしまえば仏の世界も汚れてしまうのです。

 言葉では「西にある」と説明する仏の世界ですが、清めるのも汚すのも私たち。つまり
、お墓まいりでご先祖さまの供養をすることは、私の心と仏の世界を清めていることに他ならないのです。



    今月の山内の主な行事は下記の通りとなりますので、ご案内申し上げます。


 

  〈 根 本 中 堂 〉


 


          ※行事等の都合により閉堂する場合があります。当日の状況は直接お問い合わせ下さい。
              ご朱印・授与品等は事務所でも受付しております。(寛永寺事務所 03-3821-4440)


 


     
  〈 開山堂(両大師) 〉


            御縁日法要     9月 3日(土)   10時



  
〈 清水観音堂 〉


            御縁日法要     9月 17日(土)   10時



            人形供養          9
月 25
日(日)    14時


 



  
〈 不忍池辯天堂 〉


 
            初巳法楽       9月  8日(木)   10時



            巳成金大祭       9月  20日(火)  10時・14時



2016/08/02
行事のお知らせ〈8月〉

 8月に入ると連日の猛暑のためか、寛永寺の境内も若干静かになります。こうしたなか天台宗では、中学生と小学6年生の育成活動として比叡山で83日から3日間過ごす「天台青少年比叡山の集い」を行っています。220人を超える小中学生が全国から比叡山に集い、普段とまったく異なる環境の中で、「世界平和祈りの集い」への参加や比叡山の諸堂参拝、また楽しいキャンプファイヤーなど、さまざまな体験をするというものです。


 こうした青少年について、実は宗祖である伝教大師最澄さまの著述の中で言及しています。当時の正式な僧侶は日本という国家の枠組みの中で活動する、言わば国家公務員のような立場でした。そうした人物が青少年について述べる例はほとんどないのですが、伝教大師が「ご遺言」で青少年についておっしゃったことの全文を見てみましょう。

 私(伝教大師)は産まれてから、口では乱暴なことを言わなかったし、手で誰かを殴るようなことはなかった。さて、私の後輩たちよ、子供を殴ることをしなければ、私のための大きな恩となるのだ。努力しなさい。努力しなさい

 今年の818日は伝教大師のご生誕1250年にあたります。殺伐とした事件が次々と起きる昨今ではありますが、日本の未来を支える「青少年」の育成について、伝教大師が臨終の際まで気にかけられたことを、もう一度深く胸に刻む必要があるのではないでしょうか。



  ―― 今月の山内の主な行事は下記の通りとなりますので、ご案内申し上げます ――


 


  〈 根 本 中 堂 〉




        ※原則 開堂しておりますが、行事等により外からのお参りになることもあります。


 


          尚、ご朱印・授与品等の受付は事務所でも受付しております。(寛永寺事務所 03-3821-4440)


    
  〈 開山堂(両大師)



          御縁日法要        8
月 3日(水) 10時


 


   〈 清水観音堂 〉


 


          御縁日法要        8月17日(水) 10時


   〈 不忍池辯天堂 〉


 


          初巳法楽           8月  3日(水) 11

 

2016/06/30
行事のお知らせ〈7月〉

 「お盆」は『盂蘭盆経』というお経に説かれるお話、すなわちお釈迦さまの弟子である目連尊者の母が飢えと渇きの世界で苦しんでいたところ、お釈迦さまの教えにもとづき供養して救われた、という故事が元になっています。一般的には713日夕方から16日までとされ、寛永寺ではその前日である712日に法要を行い、お盆を迎える準備を行います。

 ところが中国古来の考え方では、71日は地獄の釜の蓋が開く日と考えられ、苦しみの世界で迷う無縁仏がこの世に再来する時期であるとされてきました。すると、法要を行うことで安らかになった私たちのご先祖さまの周辺が、急に騒がしいことになってしまいます。

 そこで仏教では、ご先祖さまについてくる無縁仏を無視するのではなく、なんとかお祀りしようと考えました。しかし無縁仏は不安定で荒々しいと考えられたため、清まったご先祖さまと単純に一緒に祀るというわけにはいきません。そこでご先祖さまを祀る精霊棚は室内で、無縁仏は「施餓鬼壇」に祀ることで、もし帰る家がなくなってしまったとしても私たちの手で供養するという方法を考え出したのです。つまり、お盆に自身の先祖を供養することは、仏教で考えるあらゆる世界の霊もすべて一緒に供養していることに他ならないのです。

 さて、「灯篭流し」も先祖が無事極楽浄土へ帰れるよう、祈りと感謝の気持ちを乗せて流します。本年も717日夕刻より、下谷仏教会主催の流燈会が当山不忍池辯天堂にて執り行われます。どなたでもお参りいただけますので、皆さま是非足をおはこびください。



  ―― 今月の山内の主な行事は下記の通りとなりますので、ご案内申し上げます ――




  〈 根 本 中 堂 〉



        ※原則 開堂しておりますが、行事等により外からのお参りになることもあります。


          尚、ご朱印・授与品等の受付は事務所でも受付しております。(寛永寺事務所 03-3821-4440)

 


    
  〈 開山堂(両大師)



          御縁日法要        7月 3日(日) 10時




   〈 清水観音堂 〉



          御縁日法要        7月17日(日) 10時


   〈 不忍池辯天堂 〉



          初巳法楽           7月 10日(日) 
11


          流燈会(とうろう流し)    7月17日(日) 19時

 

2016/05/31
行事のお知らせ〈6月〉

 


 64日は、日本で天台宗を開かれた伝教大師最澄さまのご命日です。



  最澄さまが活躍されたのは、いまから1200年ほど前のことです。最澄さまは若くして出家し、近江国分寺の行表(ぎょうひょう)さまを師匠とします。行表さまから学んだことは、『法華経』の教えである「心を一乗に帰すべし」といったものです。



 『法華経』は天台宗を始めさまざまな宗派で重視される経典です。大変に長い経典であるため、寛永寺では十数回に分けてお読みしていますが、この経典には最澄さまが師匠から授かった「一乗」が繰り返し説かれています。



 「一乗」は「ひとつの乗り物」という意味で、「乗り物」はお釈迦さまのおさとりの境地に行く交通手段。つまり『法華経』はお釈迦さまのおさとりの境地に、「一つの乗り物」によって誰もが行くことができると強調しているのです。



 では、誰もがおさとりの境地に行けるのであれば、私たちは特に努力しなくてもいいのでしょうか。お釈迦さまは80年の生涯のなか、そのうちなんと45年にわたってさまざまなお経を説いたとされています。なかには誤解を招きやすいことや、勘違いをする人々もいたことでしょう。そうしたなか、お釈迦さまは誰もが自分の考えを理解できるよう、あらゆる表現で説法を続けられたのです。こうして『法華経』が説かれたのは、もう誰もお釈迦さまの説法を誤解しないようになった時期と考えられているのです。そのため、今までのような努力をそのまま続けることで、「ひとつの乗り物」に乗ることができるという考え方が大切にされたのです。



 こうした教えを広めるため、最澄さまは生涯にわたって『法華経』を大切にされました。そのため最澄さまのご命日に、寛永寺では例年『法華経』の教えについての問答形式の法要を行うことで、最澄さまのご恩に報いる法要を行っているのです。




 また、6月23日(木)には「第46回 一隅を照らす運動 東京大会」が開催されます。伝教大師最澄さまは、山家学生式(さんげがくしょうしき)の冒頭で「一隅を照らす、これすなわち国宝なり」と述べられました。山家学生式には、日本天台宗を開くにあたり、法華経を基調とし人々を幸せに導くために「一隅を照らす国宝的人材」を養成したい、という伝教大師最澄さまの願いが込められています。



 一隅(いちぐう)とは、あなたがいるその場所のことを指します。今、あなたが置かれている場所や立場で努力することであなたが輝きます。あなたが輝くことで、回りの人々も輝くのです。国宝とは、回りの人々を照らす人材なのです。



 皆さんも「一隅を照らす運動 東京大会」へ是非ご参加下さい。


 


 


   


                        第46回 一隅を照らす運動  東京大会


                       平成28年6月23日(木) 正午開場 午後1時開会 


                                  於:浅草公会堂(台東区)


 


 


 


   ―― 今月の山内の主な行事は下記の通りとなりますので、ご案内申し上げます ――



  〈 根 本 中 堂 〉                    
      ※原則 開堂しておりますが、行事等により外からのお参りになることもあります。
        尚、ご朱印・授与品等の受付は事務所でも受付しております。(寛永寺事務所 03-3821-4440)


     伝教会(伝教大師最澄 祥月忌) 6月  2日(木)  10時 (法要中、堂内でのお参りは出来ません)

  〈 開山堂(両大師)
          御縁日法要    6月 3日(金)   10時

         

   〈 清水観音堂 〉       
          御縁日法要    6月 17日(金)  10時


   〈 不忍池辯天堂 〉
          初巳法楽     6月 4日(土)  10


 


      

2016/05/01
行事のお知らせ〈5月〉

 「彰義隊忌(しょうぎたいき)」は、慶応4年(1868)旧暦515日に上野で起きた「上野戦争」(彰義隊と官軍との争い)の戦没者慰霊の為に執り行われている法要です。
 彰義隊は幕府の正規の軍ではなく、幕府を守る為に有志で集った人々です。当初は数十人といった規模でしたが次第にその数を増やし、一時は江戸市中取締りの任にも就いていました。

 同年212日に十五代将軍德川慶喜公が寛永寺大慈院(現在の寛永寺の地)にて蟄居謹慎をすることとなると、彰義隊は将軍警護のために上野の山に集結しました。慶喜公は411日に江戸城の無血開城が決まったため寛永寺を出ますが、彰義隊の半数はそのまま山内に残り、515日に官軍との争いが起こったのです。

 戦争は最新のアームストロング砲等を有する官軍が、現在の東京大学構内から不忍池越しに砲撃を行ったことで、約半日で終結を迎えました。この戦いにより寛永寺の伽藍は殆どが焼失してしまい、また官軍より意図的に旧幕府の正規軍と見なされた彰義隊を受け入れたことで寛永寺は全山を没収され、さらに山内より退去させられています。

 一方、彰義隊戦死者二百数十名の遺体は見せしめの為に山内に取り残されていましたが、その惨状を憐れんだ南千住円通寺の仏磨和尚と神田の三河屋幸三郎は新政府に訴え、山内の山王台(現在の公園内彰義隊墓の地)にて隊士の遺体を荼毘にふしました。
 
現在、公園内に残る大きな墓は三代目の墓で、明治八年に建墓されたものです。正面には「戦死者の墓」(山岡鉄舟筆)とのみ刻まれています。その前には小さな石碑が安置されていますが、これはひそかに山内子院の護国院と寒松院により造られた初代の墓です。墓には『彰義隊戦死之墓松国(しょうこく)』とありますが、「松国」とは官軍の目を避けるための偽名で、建墓者である寒院と護院の一文字ずつをとったものです。


 また寛永寺の境内には明治七年に建てられた『上野戦争碑記』(写真)が現存し、その史実を現在まで伝えています。


 ※法要は非公開です。


   -- 今月の山内の主な行事は下記の通りとなりますので、ご案内申し上げます --



  〈 
堂 



       原則 開堂しておりますが、行事等により外からのお参りになることもあります。



         尚、ご朱印・授与品等の受付は事務所でも受付しております。(寛永寺事務所 03-3821-4440

          了翁禅師祥月忌
           5月 20日(金) 14時 ※境内了翁堂にて

  〈 
開山堂
(両大師) 



            御縁日法要            5月 3日(火) 10時


    
           写経会                  5月21日(土) 14



  〈 清水観音堂 〉



            御縁日法要            5月17日(火) 10時



   
〈 不忍池辯天堂 〉

          初巳法楽               5月11日(水) 10時

                 影向会             5月11日(水) 11時 ※弁財天尊降天ノ日


 

2016/04/01
行事のお知らせ〈4月〉

 4月になり境内の桜も満開をむかえ、春のきざしが感じられる季節となりました。

 さて、4月8日は花まつり(誕生会(たんじょうえ)・灌仏会(かんぶつえ))です。 花まつりとはお釈迦さまがお生まれになられた日で、宗派を問わず全国の寺院でその威徳を讃えてお祝いのお祭りが行われています。

 お釈迦さまは生まれてすぐに7歩進まれて、右手を天に指し、左手で地を指して「天上天下唯我独尊(てんじょうてんがゆいがどくそん」とお唱えになられたと伝えられます。

 現在、花まつりの際に見られる甘茶をかけて供養する尊像(誕生佛)はこの際の姿をあらわしたものです。また甘茶をかけて供養するのは、お釈迦さまの誕生を祝い、八大竜王が天上から香湯・甘露を注いだことにちなんで行われています。

 誕生佛をお祀りしている小さなお堂は花御堂(はなみどう)といい、多くの花を用いて飾り付けます。諸説ありますが、一般的にお釈迦さまがお生まれになられたのが花園であった為だと伝えられています。


 当山では釈迦堂(護国院)にて、毎年4月8日当日に誕生会の法要を行い、清水観音堂・両大師堂などでも花御堂をお祀りしています。
 また、下谷仏教会主催により毎年この時期行われる花まつりは、晴天であれば清水観音堂から大仏山にかけて桜が咲き誇るなか一般参加の稚児行列を行い、当山をはじめ各宗寺院合同により法要が営まれています。

 上野公園でもうえの桜まつり(主催:上野観光連盟 http://www.ueno.or.jp/ )開催されております。皆さま是非、春の上野にお参りください。


               




  -- 今月の山内の主な行事は下記の通りとなりますので、ご案内申し上げます --


                  


 


  〈 堂 


       原則 開堂しておりますが、行事等により外からのお参りになることもあります。


         尚、ご朱印・授与品等の受付は事務所でも受付しております。(寛永寺事務所 03-3821-4440


    


  〈 開山堂(両大師) 


            御縁日法要          4月 3日(日) 10時
 
            虚空蔵会            4月13日(水) 10時
             (十三参り法要 執行)

             写経会               416日(土) 14


  〈 清水観音堂 〉


            御縁日法要          4月17日(日) 10時


 

   〈 不忍池辯天堂 〉



          初巳法楽             4月5日(火) 10時                    



  〈 釈迦堂(護国院) 〉


          
誕 生 会             4月 8日(金) 10時                    
            

  〈 上野大仏(パゴダ) 〉雨天時は不忍池辯天堂にて執行


         
    下谷仏教会 花まつり       4月 6日(水) 13時 


 


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